鼻・咽頭(のど)
耳管開放症とは、耳と鼻・のどをつなぐ管(耳管)が開きっぱなしになるために起こる病気です。耳がふさがった感じがしたり(耳閉感)、自分の声・自分の呼吸音が耳に響いたり(自声強聴・自己呼吸音聴取)する病気です。不快な状態が続くと精神的にイライラしてきます。
診断のポイントは以下の3 点である。
(1)3 主徴
(2)体位による症状の変化
(3)他覚的所見をとらえる
耳管開放症の3 主徴は,耳閉感,自声強聴,自己呼吸音聴取と言われ,これらがあると耳管開放症を疑うことになります。しかし、症状だけでは診断することはできません。理由は以下のとおりです。
①耳閉感: 耳管開放症だけでなく,様々な耳疾患でみられる症状であり,耳管開放症に特徴的ではありませ
ん。耳閉感だけでは耳管開放症を診断することはできません。
②自声強聴: 最も出現頻度が高いのは自声強聴であり,患者の9 割以上にみられる症状です。自声強聴は,開放
している耳管を通って音が咽頭から中耳に到達することにより生じる症状であり,この点は耳管開
放症の症状としてとても理解しやすいです。しかし,自声強聴も耳管開放症以外の疾患で出現する
ことが少なくないので注意を要します。
③自己呼吸音聴取:自己呼吸音聴取は耳管開放症以外ではほとんどみられない症状で,これがみられると耳管開放
症を強く疑うことができる特異的な症状ですが,3主徴の中で最も出現率が低く7 割以下で
す。
これらのことから,3 主徴の出現だけでは耳管開放症と正しく診断するのは困難であることがわかります。
耳管開放症の症状は体位により変化します。つまり,立位や坐位の状態で出現していた症状は、臥位になると速やかに軽快・消失します。前で述べた自声強聴などの症状だけでは耳管開放症の診断をすることはできず,体位による変化が診断上の重要なポイントといえます。
座位での耳管咽頭口の内視鏡所見
すわった状態(座位)では、耳管は大きく開大しています。
臥位での耳管咽頭口の内視鏡所見
寝た状態(臥位)では、耳管が狭くなり、症状が軽快・消失します。
この機序は,耳管の近傍には翼突筋静脈叢があり,体位変化により容量を速やかに変化させ,臥位または前屈位になると耳管壁を圧迫し内腔を狭窄させることにより起こります。
参考文献:耳展59:3;118~123,2016
耳管開放症状があり,それが体位により変化することがわかると,耳管開放症を強く疑うことができます。それを確定診断するためには、さらに他覚的所見をとらえることが必要となります。
他覚的所見として,鼓膜の呼吸性動揺,話声の聴取,耳管機能検査の陽性所見,座位耳管CT での耳管開放所見があげられます。
①鼓膜の呼吸性動揺:通常の耳管開放症では鼓膜所見は正常ですが,開放耳管を通じて鼻・咽頭の圧変化が鼓室に
伝達されるため,呼吸にともない鼓膜が動揺する所見が得られます。これは耳管開放症の他
覚的所見としては最もとらえやすいもので,とても重要です。
この所見をとらえる方法として,患者自身の指で対側鼻腔を塞ぎ、患側鼻腔から大きく(呼
吸音が大きくきこえるくらい)深呼吸してもらうと検出しやすくなります。
鼓膜の後上方の動きが最も顕著ですが,鼓膜全体が動く例もめずらしくありません。鼓膜は
鼻・咽頭の圧の変化によって動揺するため,開放耳管の証明になります。
呼気時
正常の状態です。
吸気時
鼓膜の右上方がふくらんでいます。正常では起こりません。
②話声の聴取: 患者の耳と医師の耳とを聴診チューブでつなぎ,患者の話声を聴取することにより耳管開放
症を容易に診断できます。耳管通気の時に使用するオトスコープ(聴診チューブ)で患者の
発声音(「ナ・ニ・ヌ・ネ・ノ」というナ行,あるいはマ行の音がわかりやすい)を聴く
と,耳管が開いている場合は大きく響いて聴こえ,開放耳管から声が伝わったのがわかりま
す。鼓膜の呼吸性動揺より検出率が低いですが,自声強聴を他覚的にとらえることのできる
検査といえます。
③耳管機能検査: 当院では検査できません。
④座位CT検査: 当院では検査できません。
耳管開放症の原因,誘因は多様であり,また,症状の程度もほとんど無症状の患者から日常生活に著しい障害をきたす患者まで様々です。
これまで報告されている耳管開放症の治療には,薬剤内服(自律神経調節薬,昇圧剤,漢方薬),咽頭口からの薬
液噴霧・注入(ルゴール,プロタルゴール,ベゾルド末,小川液),点鼻薬(生理的食塩水,飽和KCL,プレマリン),咽頭口粘膜下への注入(コラーゲン,脂肪),経鼓膜換気チューブ留置,鼓膜パッチなどがあります。
また,手術的治療法としては,耳管内腔を充填する方法(軟骨,耳管ピン,カテーテル,軟組織),口蓋帆張筋に対する手術,咽頭口結紮術,咽頭口閉鎖術,人工耳管などがあります。また,内視鏡を用いて軟骨片などを粘膜下に留置する手術も報告されています。
ここでは,生活指導とともに生理的食塩水の点鼻療法について紹介します。
参考文献:耳展59:3;118~123,2016
生活指導は、耳管開放症の管理の根幹となります。生活指導は以下の3 点からなります。
① 病気の理解
② 対症法 普段から:多めの水分摂取
過度なダイエットを控える
発症時 :スカーフ療法
③ 鼻すすりの禁止
①病気を理解してもらうが最も重要であります。患者の多くはなぜ突然音が響くのかわからない,もしかしたらこのまま聴こえなくなってしまうのでは,と強い不安をもって医療機関を受診します。病気の理解により,安心し,治療が不要となることも少なくありません。
②症状のコントロール法として、スカーフ療法があります。これは,突然に症状が出現した時,首に巻いているスカーフ,男性であればネクタイ,これを自然な動作で少し締めると頭部からの静脈還流が阻害され翼突筋静脈叢の容量増加をきたします。この変化は耳管内腔を狭窄させるので症状を軽減できます。たとえば仕事で会話中の時に突然症状が出た時の対処法として有効です。
③耳管開放症の不快な症状を取り除く手段として無意識に鼻すすりを行うことがありますが,中耳病変形成(癒着性中耳炎、真珠腫性中耳炎等)に直結しますのでこれを禁止しなければいけません。
生理食塩水点鼻療法は、患者の約6 割は有効と言われています。
点鼻は,仰向け(仰臥位)または座ったまま頭を後ろに下げ(座位にて後屈),かつ症状のある側(患側)を下にして行います。点鼻した大部分は咽頭に流下しますが、その一部分が耳管に侵入し,耳管内腔を狭小,閉塞します。そのため,的確に点鼻をすれば、点鼻直後から症状軽減を自覚できます。1 回の点鼻で数滴~数ml,症状が消失するまで点鼻を行います。他の点鼻薬と同様に点鼻しただけでは、全く効果が得られません。軽症例ではこれのみで十分な改善が得られ,特に高齢者での有効率が高いと言われています。この治療の長所としては,使用回数,量に制限がなく,副作用もないため,合併症のある方でも使用可能です。短所としては、まれに点鼻した生理食塩水が中耳腔内に侵入し耳痛,異和感を訴えることがあります。